キミはまぼろしの婚約者
窓から差し込む、オレンジがかってきた日差しも、彼をいっそう輝かせる。

眩しく美しい姿が、あの約束をした海で見た姿と重なって……

込み上げる懐かしさと切なさで、ふいに泣きそうになった。


「おっけ。痛みが引いてきたら、今度は温めてあげると治りが早いから」


あっという間に手当てを終え、丁寧に教えてくれる彼に気付かれないよう、まばたきで涙を散らして笑顔を見せる。


「いろいろありがとう」

「いーえ。またどっか痛めたら手当てしてやるよ」

「そんなにドジじゃない……はず」


自信なさ気に答えると、律はまだひざまづいたまま笑った。

そうして私を見上げた彼の瞳と、視線が絡み合う。

今の彼は、優しくて、王子様みたいで、あの頃と同じだ。


「律……」


私達の間だけ時間が止まったように見つめ合ったまま、私はほぼ無意識にこう口にしていた。


「何があったの? 引っ越してる間に」


私だけを優しい瞳で見つめてくれる今の律が、きっと本当の姿。

やけに明るくてチャラい、違和感がある姿は、何かが原因で作られたものなんじゃないかって、漠然と思ったんだ。

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