キミはまぼろしの婚約者
表情を変えず、ただじっと私と視線を合わせている律。

さっきとは違う緊張感で、心臓の音がドクドクと大きく聞こえ始める。

すると、彼の顔の筋肉がふっと緩められた。


「何のこと? 小夜ちゃん、前から誰かと勘違いしてるって」


いつもの調子で軽く笑い飛ばし、立ち上がった律は、テーピングを片付けるために私から離れていく。

やっぱりダメか……。

のれんに腕押し状態で、落胆した私は小さなため息を吐き、靴下を手に取った。


お互いが動く音しかしなくなった空間で、私の頭の中ではさっきまでのことが思い返される。

触れた手の感覚と、優しい律の声が。

その時、さっきの会話に少しの引っ掛かりを感じて、履きづらい靴下を動かす手をぴたりと止めた。


『上手だね。さすが、昔からサッカーやってただけある』

『そうかな、これくらい誰でもできるだろ』


特におかしなことはないと思っていた、この会話。

でもよく考えると、あまりに自然すぎる。

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