キミはまぼろしの婚約者
私も何も考えずに口にしていたわけだけど……

律が昔からサッカーをやっていたと私が知っていることに対して、彼は何も反応を示さなかった。

もし私とのことをまったく覚えていないなら、ここで驚くのが普通じゃない?


“何でサッカーやってたって知ってるんだろう?”って、まずそこに疑問を抱くはず。

それから、“自分達は本当に知り合いだったのかな”と考えるのが自然だと思う。

それなのに、私が知っていて当然のように、律が突っ掛かることはなかった。


もしかして、律は私達のことを覚えているのに、忘れたフリをしている──?


降って湧いた考えで、胸がざわざわする。

ちらりと彼を見やると、いたって普通に道具を片付けていた。

もし私の考えが当たっているとしたら、どうしてそんなことを……。


聞きたい。けど、確証がないのに聞いても、きっとまたはぐらかされて終わりだ。

もどかしさを抱きつつも、ここは一旦出直そうと、さっきよりマシになった足でドアの方へ向かう。

保健室を出る直前、まだ帰ろうとしない彼を振り返った。

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