キミはまぼろしの婚約者
お昼休みの後、美術の授業でスケッチをしに中庭に出ることになった。
梅雨の中休みで爽やかな青空が広がっている今日だけど、その分蒸し暑さが肌にまとわり付く。
ありさと一緒に日陰に座り、目の前の花壇を眺めるだけで、筆はあまり進まない。
「そういえば、律のお母さんは花が好きだったなー……」
そよ風に揺れるマリーゴールドを見つめて呟いた。
あの頃、律が住んでいたのはマンションだったけど、ベランダにはいろんな花のプランターが置かれていたのを思い出す。
スケッチブックにさらさらと鉛筆を走らせながら、ありさが何気なくたずねる。
「逢坂くんって、家族全員で引っ越してきたんだよね?」
「そう……だと思うけど」
そういえば、どうなんだろう。
勝手に皆で引っ越してきたものと思っていて、はっきり聞いていないことに気付いた。
ありさは続けて聞いてくる。
「お兄ちゃんいるんだっけ?」
「うん。でも社会人のはずだから、もう家は出てるかも」
えっちゃんにも会いたいな。
さすが兄弟、当時から律に負けず劣らず綺麗な顔立ちをしていて、きっとモテモテなんだろうなぁと思っていた。