社内恋愛症候群~クールな上司と焦れ甘カンケイ~
「衣川課長……」
思わず声を掛けてしまう。ふりむいた彼の手の中にはタバコが握られていた。
タバコ吸うんだ。
「河原か……まだ帰らないのか?」
「いえ、帰る前に布巾の回収に来たんです」
「そうか」
「衣川課長タバコ吸うんですね?」
「ときどきな、ここでサボるんだ」
「サボる?」
いつもストイックに仕事をこなしている姿しか見てないから、あまりにも似つかわしくない単語が聞こえて、オウム返しをしてしまう。
しかしそんな私を見て、衣川課長は人差し指を唇にあてて「シー」と囁いた。
夕日をバックに、まるでイタズラが見つかった子どもみたいな表情を見せる衣川課長を見て、ドキンと胸が音をたてた気がした。
いや、きっと気のせいだ。なんだか頬が熱くなっているのも気のせいだ。
「わかりました『シー』ですね」
「そうだ。早く帰れよ」
「はい」
布巾を手早く取り込んで、そして屋上を後にする。
扉を開けて中に入る間際に「お疲れ様」と耳に心地のよい声が聞こえてきた。
「お先に失礼します」
一言挨拶をして、扉を締めた。
柔らかい笑顔の課長。ブラックコーヒーが飲めない課長。こっそり屋上でサボりだと言いながらひとりタバコを吸う課長。
そのひとつひとつの事が、なんだか自分の中で大切なモノに思えてきた。誰も知らない彼の姿を自分だけが知っているという優越感みたいなものだろうか。
そもそも自分だけではないかもしれない。それでも嬉しい。
私は足取りも軽くロッカーへと向かったのだった。