社内恋愛症候群~クールな上司と焦れ甘カンケイ~


どうするべきか悩んでいると、母が驚くべきことを口にした。

「ウチでどうにかしますから、入ってください」

「そうだ。そうしましょう。朔乃の上司の方を汚したまま帰すわけには行きません」

「いや、しかし——」

両親の強引さに、鉄仮面なんて噂される衣川課長も若干ひいている。

押し問答を繰り返す私たちに、タクシーの運転手さんが明らかな怒りの表情を浮かべる。

「お客さん……その格好で車に乗られると困るんだけど」

それもそうだ。そのまま乗って汚れてしまうと、次のお客さんを乗せることができなくなる。

「ほら、このままお帰しするわけにはいきません。朔乃、課長さんをウチまで案内して」

「さぁさ、こっちですから」

父が強引に衣川課長の背中を押す。

「あの、でも」

困惑している衣川課長をよそに、両親はあくまでマイペースだ。
「運転手さん、行ってください」

母親がメーターを確認してお金を握らせると「お釣りはいりません」とかっこよく言い放つ。運転手さんは感情のこもっていない「ありがとうございました」を言い、すぐにタクシーは走り去った。

唖然とする衣川課長の隣で「ほんとうにすみません」と、下を向いたままつぶやくことしか出来ない。

こんな衣川課長の姿を見るなんて、誰が思っていただろうか。呆然としていた私だったけれど、両親に強制連行されている衣川課長の背中を見て、これ以上変なことにならないように後を追いかけたのだった。
慌てて玄関へ入ると、衣川課長の綺麗に磨かれた茶色の革靴がすでに並べられていた。廊下の先に視線を向けると、両親がバスルームに衣川課長を案内しているところだった。
< 34 / 117 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop