社内恋愛症候群~クールな上司と焦れ甘カンケイ~
どうするべきか悩んでいると、母が驚くべきことを口にした。
「ウチでどうにかしますから、入ってください」
「そうだ。そうしましょう。朔乃の上司の方を汚したまま帰すわけには行きません」
「いや、しかし——」
両親の強引さに、鉄仮面なんて噂される衣川課長も若干ひいている。
押し問答を繰り返す私たちに、タクシーの運転手さんが明らかな怒りの表情を浮かべる。
「お客さん……その格好で車に乗られると困るんだけど」
それもそうだ。そのまま乗って汚れてしまうと、次のお客さんを乗せることができなくなる。
「ほら、このままお帰しするわけにはいきません。朔乃、課長さんをウチまで案内して」
「さぁさ、こっちですから」
父が強引に衣川課長の背中を押す。
「あの、でも」
困惑している衣川課長をよそに、両親はあくまでマイペースだ。
「運転手さん、行ってください」
母親がメーターを確認してお金を握らせると「お釣りはいりません」とかっこよく言い放つ。運転手さんは感情のこもっていない「ありがとうございました」を言い、すぐにタクシーは走り去った。
唖然とする衣川課長の隣で「ほんとうにすみません」と、下を向いたままつぶやくことしか出来ない。
こんな衣川課長の姿を見るなんて、誰が思っていただろうか。呆然としていた私だったけれど、両親に強制連行されている衣川課長の背中を見て、これ以上変なことにならないように後を追いかけたのだった。
慌てて玄関へ入ると、衣川課長の綺麗に磨かれた茶色の革靴がすでに並べられていた。廊下の先に視線を向けると、両親がバスルームに衣川課長を案内しているところだった。