社内恋愛症候群~イジワル同期の甘い素顔~
「ん? 成瀬だ。なんだろう。ちょっとごめんね」

私が声をかけると、若林くんは頷いてくれた。

「もしもし……どうかした?」

『いや、今なにやってるんだ?』

「若林くんと祝杯あげてる」

『祝杯!? ふたりでか?』

「うん、そうだけど。でもドーナツとコーヒーだけどね」

なにをそんなに驚くことがあるんだろうか。終業時間はとっくにすぎている。これから会社に戻って残業しなくちゃならないんだから、すこしの腹ごしらえくらいうるさく言わなくていいのに。

『ドーナツってどこで食べてるんだ?』

「え? 車の中だけど……」

『若林とふたりっきりか?』

さっきと同じ質問を成瀬が大声でしてきたので、私はスマホを耳から離した。

「もう、うるさい! いったいなんなの? 用事がないなら切るからね」

『いや、ちょっと待て、おい』

なにか騒いでいるようだったけれど、私は強制的に電話を切った。

「もう、成瀬ったらなにが『ふたりっきりか?』よ……当り前じゃない。普通の商談に三人も四人も行くわけないじゃんね」

「確かにそうですね」

私の言葉に、若林くんが笑いをこらえている。

「成瀬ってば、もしかしてドーナツ食べたかったのかな?」

「ぶっ……あははっ」

それまで笑いをこらえていた若林くんが、声をあげて笑いだした。

私は、その笑いの理由がわからなくて、運転席に座る彼に体を向けて問いただす。
< 86 / 119 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop