バウンス・ベイビー!


 平野が先に作業場を出て、駅前の公園で待っている。

 去年いきなり「キスの講習」を受けさせられたあの公園で、マフラーとコートで完全装備した平野はベンチに座って、1時間差で出てくる私を待っているのだ。

 そして、無口で無愛想な作業場での性格はどこかに隠して、高校生のころに記憶がある、明るくて飄々とした性格を引っ張り出してくる。口角を上げて笑い、目を細めて優しい顔をしているのだ。昔好きだったあの掠れた声で、藤、お疲れ、と言って立ち上がる。

 最初は驚いたり、待たせるのを申し訳ないと思っていた私も、今では嬉しい期待になってしまっている。待ってるかな、平野はいるかな、そう思って公園へと走って行って彼を見つけたとき、体の奥が暖かくなるのを感じるのだ。そして、自然に笑顔が出る。

 ・・・いた。そう思って、気持ちがふんわりと浮かんだようになるのだ。

 それは驚きだった。

 あれだけ拒否して避けていた自分は、どこへいってしまったのだろうって。あんなにイライラしたのに。あんなにビクビクしたのに。

 でも今は平野が、私をしっかりと見て笑ってくれるのが判っているのだ。

 もう二度と見られないと6年前は思っていた笑顔で。

 優しい声で。

 いつかはまた作品の「意見」を言われるかも、とドキドキしていたけれどそんな素振りもないし、私は安心してキーボードを打っている。お話の中では美春が幸せになろうと頑張っている。現実では私も幸せになろうと頑張っている。そして―――――――――――人生初の、彼氏が出来たのだから。


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