バウンス・ベイビー!


 じゃあそれで空けといてー、とリーダーが言って、平野は頷く。そして手を洗って消毒をしてから、私の隣を通り過ぎざま、おはよ、と言った。

「・・・」

 私は口をあけたけど、咄嗟のことで言葉を返せなかった。

 平野はこっちをみもせずに自分に振り分けられた生肉の袋を冷蔵庫から取り出して、準備を始めている。

 ・・・え。話しかけられたんですけど。挨拶されたよね、私!?それも、いたってフツーに。今までそんなことしなかったのに、一体何故!?

 若干パニくったけど、田内さんが私を見ていることに気がついて、慌てて手元に集中しているふりをした。

 ちょっとやめてよ~。もう関係ない人なんでしょ、あんたは~。

 あの頃、高校の3年間、平野から挨拶してもらったことなど一度もない。いつでも私が駆け寄っておはようだとかバイバイだとかを言っていた。平野から声をかけてくれる、そんなことを夢みまくっていた頃には一度もなかったその「奇跡」が、今、ついさっき、あまりにもさら~っと行われたけど!?

 スパスパと肝を切る。脂身をとってキチンと並べていく。その間にも、私の頭の中には急に挨拶なんぞをした平野が大きく居座っていて、大変焦っていた。

 消えろ消えろ!やつは、ただの期間バイトなんだから!もう私が現在進行形で好きな男じゃないんだから!

 だけどつい、目がいってしまう。背中をむけて作業している白いエプロン姿を見てしまう。

 ああ、神様。

 目を固く閉じて、深呼吸をした。

 ・・・平野、私の作品、読んでるんだろうか・・・。



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