バウンス・ベイビー!


 もうびしょ濡れだったけど、家までは傘を畳む気はなかった。ようやく出てきた涙を隠したかったから。電車の中でもマフラーに顔を埋めて、タオルハンカチをずっと握り締めていた。

 その冷え切った午後が原因で(そりゃかなり気落ちしたのも勿論あるだろう)夜からきつい風邪を引き、私はしばらく寝込むことになる。使い果たした気力と体力と、それからありったけの勇気の残骸が、いつまでも体の隅から離れなかった。熱が上がった頭でゆらゆらと揺れながら、繰り返して振られたシーンを思い描く。

 雪と、平野の厳しい表情と、ただ聞くだけだった自分の姿が。

 予想もしていなかった言葉と、もう振り返らない黒いコートの後姿が。

 もう二度と彼に話しかけたり出来ないんだって現実が。

 もう二度と平野は私に向かって笑ってくれることはないんだって未来が。

 そして高熱が下がった頃、やっと気がついたのだ。

 平野は普通に接してくれていたってこと。他の女子に対する態度と同じように。笑い、からかい、話にのってくれたけれど、そこに恋愛感情の欠片も見えなかったってことに。私が勝手にいい仲だって思い込んでいたってことに。平野も私をちょっとは好きでいてくれてるんだろうっていう、全く根拠のない思い込みに。

 気がついてしまったのだ。


 ――――――――つまり、私は一度も「特別」ではなかったってことに。



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