笑顔になれる


未菜は、けして頭の悪い女の子じゃない。
それがこんな風に話す内容が支離滅裂になっているって事は、とても辛かったんだろうと思う。
だって、怒りは悲しみの裏返しだから。
あったまにきたっ! なんて大きな声を出して入ってきたのは、彼女なりになんとか怒りのレベルをを下げようと努力した結果ではないかと思うんだ。
じゃなかったら、わざわざそんなことさえ言わずに心の中に怒りを押し込めて溜め込んでしまったに違いない。

未菜は、とても悲しかったんだろう。
ここへ来るまでずっと、何でもないと平気なふりを装って我慢してきたに違いない。

未菜は、我慢強いから。
人前で泣いたりしないし、いつも冷静になろうとしているのを僕は知っている。
テーブルの上でぎゅっと握られた華奢な手が、ずっと堪えてきたことを物語っていてとても痛々しい。
悲しみを怒りという形で表に出ししまっていることが悔しくて、何とかしようと必死になっているみたいだ。

そのきつくきつく握られた白くて華奢な未菜の手の上に、僕はそっと優しく手を重ねた。

「未菜。よく我慢したね。頑張ったね。もう大丈夫だよ」

そう言って頭を撫でると、未菜の瞳からぽろりと涙が一粒溢れる。
ふるふると表情が崩れていき、さっきまで怒りに満ちていた硬い顔はもうここにはなくて、悲しみがあふれ出ようとしている。
それでもまだ一粒の涙だけで堪えようとする未菜に、ここでは我慢なんてしなくていいんだよという気持ちで僕は瞳を見つめた。

「すぐる……」

怒りに吊り上げていた目は心細げになり、大粒の涙を沢山沢山作っていった。
それからは涙の洪水で、僕は未菜のそばにティッシュの箱を置いて、気の済むまで泣かせてあげた。

たくさん泣いたらいいんだよ。
だって、悲しい思いをしたのだから。
外で見せられなかった涙は、僕の前で見せたらいいんだ。
僕は、いくらだって付き合うよ。

ココアが冷めて、猫舌の未菜に丁度良くなった頃。
泣きはらした瞳には、まだほんの少しの涙か残っているみたいだけれど、それでも未菜は笑ってくれた。

「ありがと、優。いつもこんなんでごめんね」

僕は、小さくかぶりを振る。

謝らなくっていいんだ。
僕は知っているから。
未菜は、必ずこうやって笑顔を見せてくれることを知っているのだから。

「ココア、ありがと」
「うん」

美味し、と頬を緩める顔が愛しくて、僕もつられて笑顔が溢れる。

ありがとうは、僕の方だよ。
未菜の笑顔があるから、僕も笑顔でいられるのだから。

「未菜の笑顔、可愛いね」

ストレートな言葉に、未菜の顔がまた赤くなる。
もちろん今度は悲しみのせいじゃない。

頬に手を伸ばせば、穏やかに閉じられる瞼。
少し照れたその顔に近づき、柔らかさに触れる。

閉じられた瞼が開いた頃には、二人ともとびきりの笑顔になれる。



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