鬼常務の獲物は私!?



どうしよう……どうしたら逃げられるだろう……悲鳴を上げたら誰かが気づいて助けに来てくれるだろうか?

いつもは愚鈍な頭をフル回転させて、そんな対策を思いつく。

しかし口を開いて漏れるのは、「あ……あ……」という掠れた声だけで、咄嗟の時に悲鳴を上げるのは難しいのだと、悟るに至っただけだった。


神永常務の左膝はソファーの上、右足は床、両手は私の手首を拘束し、胸もとに近づく顔は20センチの距離で止まっていた。

低い声で「なんだ、この傷は……」と呟いて、睨むような視線を胸もとの一点に止めている。

そう言われて私も視線を自分の胸に下ろすと、ブラジャーのカップからはみ出した左胸の膨らみの上部に、確かに小さな傷がついていた。


なぜこんな所に傷があるのかと考え、すぐに思い当たる。

それはさっき転んだ時の物ではなく、昨日、太郎くんに引っ掻かれてしまった傷痕だ。

常務も食べた猫型クッキーを作っていた時に、太郎くんが邪魔しに来て、ボールに入った小麦粉を全部こぼされてしまった。

小麦粉を浴びて白猫になってしまった太郎くんを、仕方なくお風呂に入れたのだけれど、これが大変な作業で……。

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