鬼常務の獲物は私!?

なんとかついていこうと必死に踊っていると、隊列が切り替わるポイントに差し掛かった。

Vの字から、前後二列の横並びに。

ここでも私は後ろの端っこになる予定なのに……ニヤリと笑う理香ちゃんに「私と場所代わってください」と言われてしまった。


強制的にセンターポジションに立たされ、戸惑う私。

会場の笑いのボルテージはさらに上昇し、御歳八十八の会長までもが大口を開けて笑っていた。

会長のテーブルはステージの真ん前なので、顔のシワまでよく見える。

そして、隣には神永常務が座っていて……。


楽しんでくれている会長と違い、神永常務はニコリともしていなかった。

それどころか、私を睨んでいるようにさえ見える。

氷のように冷えた瞳からは、『くだらない』という心の声が聞こえてきそうで、恐怖を感じてしまった。


途端に私は動けなくなる。

それまでは下手くそなりにステップを踏んでいた足が、床に吸いついたように動かない。

振りつけを忘れてしまった両腕は、身を守るように胸の前でクロスして怯えていた。


「変身か!?
福原さんが変身しようとしてるぞ!」


動けなくなった私に、おかしな声援が投げられるけど、それを恥ずかしく思う余裕もなく、頭の中は四日前の常務に叱られたときに戻されてしまった。


『我が社の汚点だな』

『次に俺の前で、無様な姿を見せたらどうなるか』


今の私は無様な姿を見せているのだろうか……。

いや、大丈夫。今は業務中じゃなく宴会の余興でのこと。

たとえ無様であっても、余興でクビにはならないはず……。


みんなが華麗に踊る中、センターポジションに立ちすくみ、私はひとり考えの中に沈んでいた。

すると、「ちゃんと踊りなさい」と真後ろから星乃ちゃんの声がして、ドンと背中を押されてしまう。

おっとっと、と前につんのめったら、突然目の前に細い紐が一本垂れてきた。


なんだろう、この紐……。

疑問に思いつつも引っ張っると、パンパンッ!とクラッカーみたいな乾いた音が鳴り響き、天井から長い紙状のものが垂れてきた。

色とりどりの紙吹雪も一緒に舞い降りてくる。

アイドルソングはまだ流れ続けているけれど、それまで賑やかだったヤジや歓声が、なぜかピタリと止み、「日菜っ!」と慌てる星乃ちゃんの声を後ろに聞いた。


私、またドジしちゃったのだろうか……。

嫌な予感がして、顔にかかった長い紙を引き剥がし、おそるおそる見上げると、これが割れたくす玉だということを知る。

このくす玉って、確か……。

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