鬼常務の獲物は私!?
高級スーツの胸もとにダイブしてしまった私のすぐ後ろに、バタンとドアが閉められる音がした。
逞しい二本の腕が背中に回され、苦しいほどの力で抱きしめられる。
目を見開いて至近距離にあるネクタイの結び目を見つめながら、これまで以上に強引な常務に、早々と心臓が悲鳴を上げていた。
温かい吐息が耳にかかり、嬉しそうな響きの籠もる声で囁かれる。
「やっと会えた……。
ああ……日菜子の体は抱き心地がいいな……」
ゾクゾクするなにかを、体の奥に感じ始めていた。
耳に響く声を気持ちよく感じてしまい、おかしな気分になってきた。
それと同時にバクバク鳴っている心臓が苦しすぎて、倒れてしまいそうになる。
足に力が入らず、立っていることが難しい。
常務の背中に腕を回して、ジャケットをギュッと握りしめ、なんとか持ちこたえようとした。
すると、抱き合う私たちのすぐ横から、突然声をかけられた。
「神永常務、お気持ちは分かりますが、そこまでで。お時間がありませんので」
体の奥で疼いたなにかは、驚きに瞬時に掻き消されてしまった。
チッと舌打ちする音を耳もとに聞いた後は、体を離される。
自由になった体で、恐る恐る声のした方向を見ると……高山さんがいつもの事務的な笑みを浮かべて立っていた。
いたんだ……。いたなら、抱きしめられる前に止めてくれたらいいのに……。