鬼常務の獲物は私!?
その声でやっと右側を見た私の目は、真ん丸になってしまう。
「え、ええっ!? 神永常務!」
常務がベッドサイドに椅子を寄せ、長い足を組んで座っていた。
慌てて身を起こすと、額から濡れタオルがポトリと落ちた。
部屋の中には、私と彼のふたりしかいない。
ということは、濡れタオルを乗せて看病してくれたのはたぶん、常務。
でも、どうして常務が?
そもそも、私はどうしてホテルの一室で看病される立場になっていたの?
「落ち着け。まず、具合はどうなんだ。起き上がって大丈夫なのか?」
「だ、大丈夫です……」
心配してくれる言葉にも驚かされる。
目の前にいる人は、神永常務だよね?
私のことを我が社の汚点だと罵った、あの常務だよね?
心に突き刺さったその言葉を思い出したら、芋づる式に余興での失態も思い出した。
そうだ……常務の冷たい視線で急に踊れなくなり……星乃ちゃんに叱られて背中を押され、くす玉の紐を引いたその後は……。
料理にまみれた社長の姿を思い出し、再び心は慌て始めた。ベッドの上に正座して、両手をついて神永常務に頭を下げる。
「大変、申し訳ありませんでした。多大なご迷惑をおかけして……。
あの、社長は……社長は……」
社長が怒っていたかどうかを聞こうとしたのに、怒っていないはずがないので、怖くて聞けなくなってしまった。
明日からはハローワーク通いをする身かも。
とろくてアホな私を雇ってくれる奇特な会社は、神永メディカルの他にもあるだろうか……。
土下座の姿勢でガックリうなだれていると、「顔を上げろ」と言われた。
その声は意外にも優しくて、驚いて前を見たら、一メートルもない至近距離に端正な顔があった。
椅子から腰を浮かせて、ベッドに左手をつく彼。
ジャケットの前ボタンは外れていて、青いネクタイが私の方に垂れてきた。
右手で濡れタオルを拾い上げ、それで私の首筋を軽く拭う。
「あ、あの……」
思わず赤面する私の顔を点検するように見て、彼はわずかに顔をしかめた。