鬼常務の獲物は私!?
「チリソースが付いてる。拭かせたが、取りきれてないな。先に言っておくが、お前の体を拭いて着替えさせたのは営業の女子社員で、俺じゃないから」
そう言われて自分の体に視線を落とすと、意識を失う前に着ていたアイドル風の衣装ではなかった。
下着の上にホテルのバスローブを着た姿で、襟もとが緩く、胸の谷間が見えている。
今初めてそれに気づき、慌てて襟を引き寄せ、恥ずかしさに目を泳がせてしまった。
「人並み外れて鈍感な奴だな。行動も遅いが、認知まで遅れてるとは驚きだ」
「すみません……」
その通りなので、言い返す言葉は見つからない。
神永常務は、さぞかし呆れていることだろう。
いつもは怖い彼が、ホテルの部屋まで取って寝かせてくれて、なぜか親切にしてくれるのは、呆れるあまりに怒る気が失せたからということなのか。
そして、星乃ちゃんたちを帰らせ、自ら付き添っていることの意味は……もしかすると、解雇通告を言い渡すためなのかも……。
きっとそうだと思い、クビに怯えて泣きそうになる。
椅子に座り直した彼に、あからさまに肩をビクつかせてしまった。
「心配するな。社長は怒ってない。固まるほどに驚いてはいたが」
「えっ、本当ですか?
じゃあ私のクビは……」
「宴会上での失態で首を切るほど、社長は肝の小さな男じゃない。
だが、謝罪は必要だ。明日、俺が一緒に謝りに行ってやるから」
社長命令でクビにされることはない……。
それについてはありがたく思うけれど、ホッとすることはできなかった。
常務の問題がまだ残されている。
「なんだ。言いたいことがあるなら、はっきりと言え」
「ええと、その、常務も私を許してくれるのですか?
『次に俺の前で無様な姿を見せたらどうなるか……』前にそう仰っていた覚えが……」
すると彼は、「無様な姿か……」と私の言葉を繰り返した後に、喉の奥で笑い声を立てた。
その笑いはすぐに大きくなり、堪えようとしても堪えられないといった様子で、アハハと大笑いし始めた。
その様子を見て、私はポカンと口を開けてしまった。
お客さんの前では作り笑顔を浮かべても、私たち社員には決して笑顔を向けない人なのに。
いつも怖い顔をして、部下を叱りつける常務が、まさか、こんなに笑うなんて……。