鬼常務の獲物は私!?
焦りと恐怖の中で早く立ち上がらなくちゃと思った時、うつ伏せに倒れている私の横を、風のように誰かが駆け抜けた。
高級ブランドの黒い革靴と仕立てのよいスーツを華麗に着こなしてしまう、その後ろ姿は……神永常務……。
常務が男の子の真下に走り込むのとほぼ同時に、その子は力尽きて手すりから両手を離してしまう。
周囲の人たちも男の子の悲鳴に気づいて、一斉にエスカレーターに注目していた。
2階の高さから落ちてしまった男の子に、思わず私はギュッと目を瞑ってしまったが……次の瞬間、耳に聞こえたのは周囲の安堵の溜息だった。
そろそろと目を開けると、神永常務の両腕にしっかり抱きとめられている男の子の姿が。
母親らしき紺色スーツを着た女性がすぐさま駆けつけ、男の子の体をあちこち触って無事を確かめた後に、抱きしめて親子で泣いていた。
警備員が何人も駆けつけてくるし、関係者なのか野次馬なのか分からない大人もたくさん集まってきて、親子と神永常務の姿が見えなくなってしまった。