鬼常務の獲物は私!?
「そんなに簡単に言われても……」
通勤圏内で駅まで歩ける場所にあり、家賃手頃でペット可のマンションは、それほど多くない。
私にとって新しさやセキュリティーは、二の次、三の次なのだ。
ブツブツと文句を言い続ける常務を連れて、3階の私の部屋の前にたどり着く。
ショルダーバックから猫のキーホルダーの付いた鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。その間ずっと、背後から鋭い視線を感じていた。
自分の部屋のドアを開けるのに、こんなに緊張するなんて……。
ドアノブを回し、開ける前に一応お願いしておく。
「あの……殴ったり、蹴飛ばしたりはやめて下さいね」
「努力はするが、保証はできない。早く開けろ」
その返事に、太郎くんを全力で守ることを改めて決意し、ドアを開けた。
中は薄暗く、電気はついていない。
半畳ほどの小さな玄関の壁にあるスイッチを押して明かりを灯すと、常務がおかしなことを聞いてきた。
「部屋の電気もついていないようだが、太郎はいるのか? 靴もないな……出掛けているんじゃないか?」
「へ? なに言っているんですか。太郎くんは勝手に出て行けないですよ。
靴は持っている人もいるかもしれないけど、うちの太郎くんは服もアクセサリーも苦手だし、首輪も嫌がるから付けていないんです」