鬼常務の獲物は私!?
ニマニマしている女子社員の中で、私だけが眉をハの字に傾けていた。
「日菜、急ぐんじゃないの?」と星乃ちゃんに言われて、高山さんに『今すぐ』と言われたことを思い出す。
そうだった。考え込んでいる場合じゃない。
社長も常務も、私と違ってお忙しいだろうから、急がなくちゃ。
「行ってきます」と、慌てて休憩室から飛び出そうとして、足に急ブレーキをかけた。
「あれ? 常務室って、どこだっけ?」
振り向いて尋ねる私に、皆んなの呆れた視線が投げかけられる。
「常務室は5階です。エレベーターを降りて、右に歩けば分かりますよ」
親切に教えてくれたのは後輩の理香ちゃんで、お礼を言った私は今度こそ休憩室を飛び出した。
営業部のフロアを抜けて廊下を走り、階段へ。
2階分つまづきながら駆け上がり、息を切らせて5階に立った。
5階はこの建物の最上階で、重役たちの個室と、重役用の会議室と応接室、それから秘書課がある。
私がここに上がってくることはほとんどない。
前回はいつ5階に来たのかと考えたが、ちょっと思い出せないので、もしかすると入社直後のオリエンテーションの時かもしれない。