鬼常務の獲物は私!?
「離して下さい……」
「いいですよ。
この紙にサインするなら離しましょう」
事務長が上着のポケットから取り出した四つ折りの用紙を見て、ゾッとした。
それは婚姻届で、まさか力ずくで書かせることを目的に、おびき出したのだろうか……。
ニヤニヤと私を見る、その目つき怖かった。
親子だから理事長先生に身体的特徴は似ているけれど、中身は全然違う。
料亭での一件の後に届いた脅しのようなメールを理事長先生に見てもらったら、『育て方を間違えたか……』と電話口で嘆いておられて、息子の代わりに謝罪してくれる言葉にも胸が痛かった。
優しい理事長先生をまた悲しませてしまうというのに、この人は一体なにをやっているのだろう……。
そう思うと、体の震えが止まっていた。恐怖心よりも悲しみと怒りが勝った感じだ。
太郎くんの入ったキャリーバッグをそっと床に下ろした私は、空いた方の手で思いきり、事務長の左頬を引っ叩いた。
パチンと乾いた音が店内に響くと同時に、私の目から涙が一筋流れ落ちた。
「いい加減にして下さい! あなたはどれだけ理事長先生に迷惑をかけたら気が済むのですか!」