鬼常務の獲物は私!?
事務長に背を向け歩き出すと、ポケットの中でスマホが震えた。
取り出すとそれは彰さんからの着信で、店の中央で立ち止まり、通話に出た。
「もしもし」と言い終わらない内に、早口で問いただされる。
「おい、太郎の母親に会うって、どういうことだ。まさか騙されて知らない奴の家に向かっているんじゃないだろうな」
どうやら彰さんは、この店に入る直前に送ったメールを見て、不安を感じたようだ。
その推測は正解ではないけれど、騙されてという部分だけは当たっている。
言葉足らずで心配させてしまったことを反省し、太郎くんを譲り受けた猫カフェに来ていることを説明すると、スマホの向こうでホッと息を吐き出す音がした。
「分かった。猫カフェなら問題ないな。
俺の帰りは21時半を過ぎそうだ。先に夕食は食べていてくれ」
いつもより彰さんの帰宅時間が遅いことに、私はがっかりしてしまう。
仕事だから仕方ないが、こんな嫌なことがあった後だから、帰ってすぐにでも広い胸の中に飛び込みたい気持ちがしていた。
「お仕事、頑張って下さい」と答える声に残念そうな響きがこもってしまったのか、「悪いな」と謝られてから優しい声を耳にした。
「お前もゆっくりしてきていいぞ。猫カフェが何時までの営業か知らないが、閉店まで楽しんでこい」
「あ、もう帰ります。母猫には結局会えなくて、事務長さんに騙されたのが分かったから、一刻も早く帰りたくて……」
「は? 今、なんと言った……? おい日菜子、どこの猫カフェにいる! 店名は⁉︎」
その時、真後ろに人の気配を感じた。
首だけ捻って後ろを向くと、目を吊り上げ、顔を真っ赤にして怒る事務長が……。