鬼常務の獲物は私!?
節ばった男らしい長い指が示したのは、階段を上がって左側に折れた先のふたつ目のドア。
左……?
右だって言われたのに……。
理香ちゃんの言葉を思い返してみる。
『常務室は5階です。エレベーターを降りて右に歩けば分かりますよ』
たしか、そう言っていた。
ん?エレベーター?
そうか、階段じゃなく、エレベーターを降りて右だから、間違えてしまったのか。
自分の間違えに気づくと、引っ越したのかと聞いてしまったことが急に恥ずかしくなる。
「逆側をずっと探していました。
すみません……」
そう言って謝り、照れ笑いを浮かべたら、頭ひとつ分上から呆れの視線と溜息が降ってきた。
「まったく、お前は……」
常務が何かを言いかけると、私は条件反射のように肩をすくめてしまう。またキツイ言葉で叱られるのかと思って。
しかし、聞こえてきたのは予想よりもずっと穏やかな声で、叱るのではなく、こんなお願いをされただけだった。
「俺の部屋の場所は覚えていてくれ。
今後、呼び出すことが度々あるだろうから」
今後呼び出すことが度々……。
その言葉に少々引っかかりを感じるも、叱られなかったことにホッとして、「分かりました」と笑顔を向けた。