鬼常務の獲物は私!?
最後の部長のひと声で、ざわついていた営業部は、やっと通常モードに戻る。
私はというと……『どうしよう』と心の中で繰り返し、神永常務の消えたドアを見て、まだ立ちすくんでいた。
次に常務の前で失敗したら、クビ。
失敗しなければいい話だけど、とろい私のことだから自信がない……。
不安で苦しくなり、ベストの胸元を握りしめていたら、星乃ちゃんが私の肩をポンと叩いた。
慰めてくれるのかと思いきや、「日菜の運命の相手って、神永常務かも」と驚くことを真顔で言われた。
「え……それはないよ。神永常務と私って……うん、あり得ない」
「そう? 年齢的にはおかしくないし、フルネームでしっかり名前を記憶されてるようだし、なにより私の占い通りのファーストコンタクトがあったじゃない」
常務のことはもちろん前々から知っていても、挨拶しかしたことがなく、まともに言葉を交わしたのはこれが初めて。
ファーストコンタクトと言われたら、そうなのかもしれない。
でもね……神永常務が私を恋人に選ぶはずがないでしょう。
次に失敗したらクビとまで言われているのに、どうしたら恋愛に発展するというのだろう。
それに、こんなことを言えば失礼に当たるけど……私は彼が苦手。怖いもの……。
さっきの冷たい視線を思い出して、ブルリと体を震わせたとき、「ただいま戻りました!」と元気な声がした。
鼻先を赤くして帰社したのは、ひとつ後輩の郷田理香(ごうだ りか)、二十六歳。
着ているベージュのコートを脱ぐと、中は制服ではなく紺色のパンツスーツだ。
彼女はバリバリの営業ウーマンで、私なんかより遥かに大変な仕事をしている。
「日菜さん、星乃さん、お疲れ様です。ガールズトークですか? 楽しそうですね、私も交ぜてください」
明るく笑う理香ちゃんに、楽しい話題ではないことを前置きして、さっき起きたことの経緯をかいつまんで説明した。
神永常務の蔑んだ視線と、厳しい叱責。
話し終えて思わず溜息をついてしまうと、彼女が「えー、いいなー」と、おかしな感想を口にした。
「なに言ってるの? 羨ましがられるようなことは、起きてないんだけど……」
「日菜さんこそ、なに言ってるんですか! あの神永常務に声をかけられたなんて、十分に羨ましいですよ」
「へ……?」
「かっこいいですよね、常務って。仕事はできるし、御曹司のイケメンだし、雲の上の人だけど、一度お話ししてみたいな〜」