鬼常務の獲物は私!?
「あっ!」と叫ぶと、たくましい左腕が横から素早く伸びてきて、私の腕を支えてくれたから転ばずにすんだ。
「よく転ぶ奴だな」
「すみません……」
常務の前で転んだり転びそうになったりしたのはこれが3回目で、どれもここ最近のこと。
その1回はステージから転がり落ちるという大失態で、お見苦しい姿を立て続けに披露して恥ずかしく思う。
呆れ顔の常務は私の右手を取ると、自分の左腕に絡ませた。
「捕まって歩け。転ばないようにな」
「え……あの、これはちょっと……」
確かに転ぶ危険性は減るけれど、腕を組んで歩けば、ますます恋人らしく見えてしまいそうで、それが気になる。
戸惑う私を見て常務は小さな溜息をもらし、言葉を付け足した。
「さっきの雨で、道が濡れている。
転べば服が汚れるぞ」
それは困る。コートもバックも靴も借り物だから、汚すわけにはいかない。
常務の言葉で転んではいけないことに気付かされた私は、たくましい左腕に体をぴったり寄せて、ぎゅっとしがみつく。
「極端な奴だな……」そう呟いた常務の口もとには、微かな笑みが浮かんでいた。