鬼常務の獲物は私!?

その後、定時きっかりに仕事を上がり退社した。

十二月の外気は冷たくて、ニットのネックウォーマーを鼻の下まで引き上げ、駅へと急いだ。

電車を二本乗り継ぎ、一時間かけて自宅に帰る。

築四十五年のおんぼろワンルームマンションのドア前に立つと、凹んでいた心も少しだけ上向きになれた。


鍵を開けて中に入り、奥に向けて「太郎くん、ただいまー」と呼びかける。

すると、タタタタと太郎くんが走ってきて、私の足に顔をすり寄せてきた。


太郎くんは、私の愛猫。

お腹から鼻にかけてと手足の先だけが白く、他は黒毛のモノトーンカラー。

五年前、猫カフェの窓ガラスに里親募集の張り紙がされていて、子猫だった太郎くんに一目惚れしたのだ。

それ以来、太郎くんとこの部屋でふたり暮らし。

私の帰宅を喜んでゴロゴロと喉を鳴らしてすり寄る姿に、胸がキュンと音をたて、愛しさが爆発する。

靴を脱ぐよりも先に玄関先に膝をつき、柔らかな白いお腹に顔を埋めてモフモフ感を味わった。


ああ……なんてかわいいのだろう。

今の私にとって、太郎くんとこうして戯れている時間が一番の幸せ。

星乃ちゃんの占いが外れて、運命の相手が現れなくても、太郎くんがいれば寂しくないし、このままでいいと思う。



神永常務に叱られた日から、四日後。

今日は平日だけど会社はお休みで、社員一同、都内某ホテルの大ホールに集まっている。

というのは、創立記念日だから。

今年は創立五十周年の節目の年。

忘年会も兼ねて、いつもの年にはない高級中華フルコースを会社経費でいただけることになっていた。


堅苦しい挨拶がひと通り終了した後は、楽しい宴会の始まり。

円卓に向かう私の前には、大皿に盛られた料理が次々と運ばれ、ターンテーブルに乗せられていく。


フカヒレのスープに、北京ダック。

カニ爪の揚げ物と、黒毛和牛とター菜のオイスターソース炒めに、伊勢エビのチリソース煮。
それから……。


高級中華に舌鼓を打ちながら、こんな贅沢をさせてもらえるなんて、神永メディカルに入社して本当によかったと、しみじみ思っていた。

神永常務には、我が社の汚点と言われてしまったけれど……。


チラリと視線を斜め前に向けると、重役たちと歓談しながらビールを口にする常務の姿が見えた。

クビにされないように、なるべく顔を合わせたくない。

幸い部長職以上のお偉いさんの席はステージに近い上座にあり、後方端っこのテーブル席の私とはかなり離れていた。

< 8 / 372 >

この作品をシェア

pagetop