鬼常務の獲物は私!?

私のテーブルには、様々な部署の人たちがいる。

上座以外は部署間交流ということで、席順はランダムに配されていた。

左隣は総務部の三十代男性社員、中野さんで、社内で顔を会わせると必ず声をかけてくれる人。

そんな気さくな中野さんは、「隣が福原さんでよかった」と言ってくれて、今日も親しみやすい笑顔を向けてくれた。


「福原さん、取り皿が空っぽだね、取ってあげるよ。次、どれ食べたい?」

「ありがとうございます。でも、どの料理も、自分の分は食べちゃったので……」


人数分の料理が大皿でドンと出てくる方式だけど、ちゃんとひとり分が判別できるような盛り付けになっている。

大皿に料理がたくさん残っていても、それは私の分じゃないし、みんなで食べる物だから、取りすぎはいけない。

そう思い、次の料理が運ばれてくるのを待つつもりだったのに、中野さんは誰かの分の黒毛和牛のオイスターソース炒めを、小皿によそってくれた。


「食べていいよ。男連中は飲む方に集中して、あまり食べないと思うから。
それに、福原さんが幸せそうに食べているところを、みんな見たいと思うよ」


おいしくて幸せだと思う気持ちが、そんなに顔に出ていたのだろうか……。

恥ずかしさに顔を赤らめつつも、「じゃあ、お言葉に甘えて」と、小皿を受け取った。

すると今度は、右隣に座るシステム管理部の四十代男性、木下課長が、私の前に小皿を差し出した。


「福原ちゃん、揚げ物好きでしょ? 俺の分のカニ爪揚げ、食べていいよ」

「え、で、でも……」

「福原ちゃんに食べさせたいんだよ。
ほら、アーンして」


木下課長はカニ爪の先を指で摘むと、私の口に近づけてくる。

戸惑いながらも口を開けると、入ってきたのはカニではなく、黒毛和牛の乗ったレンゲだった。

中野さんが左手で木下課長の手首を掴んで阻止し、代わりに右手のレンゲを私の口に突っ込んでいるのだ。


「木下課長、そうはさせませんよ。今、あわよくば、カニと一緒に自分の指もしゃぶらせようとしましたね?」


不敵な笑みを浮かべる中野さんに対し、木下課長は不満げな顔して言い返していた。


「バカ野郎、言うんじゃないよ。お前こそ、そのレンゲ、自分が使ってたヤツじゃないのか? ずるいぞ」


私を挟んで男性ふたりが言い争いをしている様を、テーブル上に落ちたカニ爪揚げを拾って、食べながら見ていた。

ふたりとも、ビールの飲みすぎかな……これ以上お酌するのは、止めておこう……と思いながら。

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