鬼常務の獲物は私!?



私の頭には、ある物語が浮かんでいた。

それは、小さな頃に大号泣しながらテレビで観た、フランダースの犬。

瀕死の状態だった犬のパトラッシュを、少年ネロが助けてあげて、それからパトラッシュは雨の日も雪の日も、最期の時までずっとネロの側に寄り添って……。


パトラッシュが高山さんで、ネロが神永常務。
そう思うと、8年前の話に涙を流さずにはいられなかった。

涙で声を震わせながら、神永常務に言う。


「ご、ごめんなさい……私、常務のこと、暴君ネロの方だと思っていたんですけど、本当はパトラッシュの方のネロだったんですね……」


私のこの感動は、どうやら神永常務には伝わらなかったみたい。

「は?」と言われた後に、呆れた目で見つめられてしまった。


「なにを言っているのか分からんが……泣かれると、押さえが効かなくなりそうだ……」


常務が体を少し捻って、左腕をソファーの背もたれに置いた。

右手は私の頬に伸びてきて、節ばった男らしい親指が涙を拭ってくれる。

その指は頬を撫でるようにそのまま下降して、顎先へ。

彼の瞳に急に色が灯る。

もしかして……と、異変を感じた時には遅かった。

今度は邪魔をしてくれる電話も鳴らなくて、私の唇は神永常務の唇で塞がれてしまった。


< 90 / 372 >

この作品をシェア

pagetop