やさしい先輩の、意地悪な言葉
彼を追いかけ、呼び止めていた。

神崎さんは振り向き、「なに?」とやさしく聞いてくれる。
……笑顔だけど、どこかこれ以上の距離を許されないような、そんな笑顔だった。



「あの……私、なにかしてしまいましたか?」

「え?」

「その……神崎さん、今日も私にとってもやさしくしてくださって、私はとってもうれしくて、でも……この前映画を観に行ったりしたあの日より、若干、避けられてる……というか、距離を感じて……」


……やさしくしてくれてる人にこんなことを言うのは、本当に失礼だと思う。

でも、なにか悪いことをしてしまったのなら謝りたいし、もっと距離を縮めたいから、これ以上遠ざかりたくない。




……すると神崎さんは。


「……なにもしてないよ」

「え……」


「……俺たちは、もともとこのくらいの距離じゃない?」


……神崎さんがなにを言おうとしてるのか、私にはすぐにはわからなかった。

でも、私にとってあまりいい話ではないということは、なんとなく雰囲気でわかった。



「……あの日、たまたま瀬川さんに酔ってるところを見られて、ひどいこと言っちゃって、それのお詫びに一日いっしょに過ごして。
お詫びでいっしょに過ごしたあの日もだいぶ失礼なことをいろいろしちゃったけど……でも、俺たちの“距離”は、あれで終了したよね」

「え……?」

「酔ってるところを見られる前の、普通の先輩と後輩っていう距離。特別仲がいいわけでも、たくさん話すわけでもなく、ごく普通の距離……。その距離に戻っただけだよ」
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