やさしい先輩の、意地悪な言葉
私は神崎さんに、書庫室まで連れてこられた。

書庫室は営業室の奥にあるので、ここで話していても誰かに会話を聞かれることはない。

神崎さんは、書庫室の引き戸を開け、中の電気を点けて内側から戸をしっかりと閉めると、ふたりきりの狭い書庫室の中でーー


「ごめん」


私に頭を下げた。



「え、え?」

神崎さんはゆっくりと顔を上げるとーーまっすぐに私の顔を見る。

いつも余裕のある表情の神崎さんの、今まで見たことのない、固い表情。


神崎さんは、ゆっくりと口を開く。

「……金曜日の夜、正直、全然記憶ないんだけど、大和がタクシー呼んでくれてる間、瀬川さんが俺のこと見ててくれたって聞いて」

「あ、は、はい。たまたまあの時間にお店の前を通りかかって……」

「ありがとう。本当にごめん。それで、その……」

「え……」

「俺、なにか失礼なこと言わなかった?」

「え゛」

それは……その……ショックなことは確かに言われました。

でも、だいぶ酔っ払っていたみたいだし、失礼なこと、と言うよりは、事実を言われただけだし。


それに、もう過ぎたことを掘り返しても神崎さんに悪いし。ここで『言われました』と答えたら、神崎さんを責めるみたいだし。


なので。

「い、いえ。なにも言われてないですよ」

と、笑顔で答えるけど。


「ほんとに?」

「はい、本当です」

「……本当?」
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