やさしい先輩の、意地悪な言葉
ホテルに入り、受付で一番安い空室を選んで、前払いする。

エレベーターで二階に上がり、部屋に入ると、私はすぐに洗面所の戸を開け、電気を点けた。


「神崎さん、大丈夫ですか? 吐けます?」


……だけど、神崎さんは。



「ウソだよ」


「……はい?」


あれ……? さっきまでふらふらと歩いていたのに、えらく余裕そうな表情ですたすたと歩いて……私の正面に立つと、私の腕を引っ張り、体を抱き寄せた。


「ちょ、あの⁉︎」

「信じた? 俺、俳優になれるかもね」

「なっ⁉︎」

まさかの酔ったフリ……いや、口が悪いから酔ってることには変わりないや。でも、『吐きそう』とか『頭痛い』とかはウソだったのか!


「やっ、離してください」

「なんで? 俺に意地悪されるの好きなんただろ?」

「そっ、そんなこと」


ないです、とはっきり言いたいのに…….



な、なんでドキドキしちゃってるの私‼︎



でも、ダメダメ‼︎ 確かに神崎さんのことは気になってるけど、お互い酔った勢いで流されちゃダメだ!私はそんなに酔ってないけど!



「離れてください……ひゃっ」


ちゅ、と神崎さんの唇が、私の首筋を這う。
くすぐったくて、私は目をつむる。
だけど目をつむると、余計に感触が伝わってくる気がした……。


「ダ、ダメですよ……」

口では否定するけど、体は動かない。与えられる感覚を全部受け入れてしまっていた。……私も酔っ払っているせいだろうか。それとも、相手が神崎さんだからだろうか……。
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