やさしい先輩の、意地悪な言葉
神崎さんは意地悪な笑みを浮かべながら私を見つめていた。
その笑みにも、そしてとても近いこの距離感にも、私の心臓はドキ、とはねた。


神崎さんは、私から目線を逸らし、天井を見つめながら、言った。


「そりゃ、まあしたいけど。男だしね」

「……」

「でも瀬川が嫌そうだし。そりゃそうだよな、彼氏はいなくても好きな奴がいるんだし」

「えと……」

「吐きそうっていうのはウソ。でも頭痛いのは実はほんと。すぐ起きるから、少し寝かせて」

そう言ったほぼ直後に……規則正しい寝息が聞こえてきた。ウソ、ほんとに寝た!?
そういえば、先週神崎さんと二山さんが飲んでるところに遭遇した時、神崎さんは最初寝ていたっけ。酔うとすぐ眠くなるのか。一杯半しか飲んでないけど。


そんな神崎さんの寝顔を、私はそっと見つめ続ける。


そして思い出す。

……隆也は、さすがに私の初めての時はそれなりにやさしくしてくれたけど、その後はどうだっただろうか。
今日はそういう気分じゃない、とか、体調があんまりよくない、とか言っても、「大丈夫でしょ」とかわけのわからないことを言って私を抱いていたと思う。……お酒が入っていた時は、なおさら。

もちろん、今さらそれを咎めることはできないし、そんなつもりもない。結局は隆也がしようとしてくるのを、私も受けとめていたから。


……でも、神崎さんは。人が変わるくらい飲んでるくせに、口が悪いくせに……やさしい。
やさしくないようで、私のことをきちんと考えてくれてる。人が変わっても、普段の神崎さんと同じで、やさしい。”神崎さん”は、すべてがやさしい人なんだ。
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