やさしい先輩の、意地悪な言葉
「そ、そうだね……はは……」

なんて答えてしまって。本当に、情けない。


「じゃ、じゃあご飯食べたらすぐ帰るね」

「おー。食器は洗ってけよな」

「う、うん。もちろん」

「サンキュ」

「うん!」

……はっ。まただ。隆也に『ありがとう』って言われるとすごくうれしくなって、それまで言われていたひどい言葉なんてすぐに忘れてしまう自分がいる。



三十分後、食器を片し、簡単に部屋をキレイにしてあげてから、私は隆也の家を出た。
これからほかの女の人が来る部屋をなんで私がキレイにしてるんだろうとも思ったけど、習慣というか、隆也の家を出る前は、頼まれたわけでもないのに勝手に体がそうしてしまう。

でも、そうすると隆也はまたありがとって言ってくれるから。隆也の『ありがとう』を聞きたくて、掃除に限らず、私はいつも同じようなことをしてしまう。



「寒い……」

夏とはいえ、もうすぐ日付の変わるこの時間に外を歩くのは、やっぱり肌寒い。もともとは仕事が終わったら直帰の予定だったから大した上着も着てこなかったし。

……とくに今日は、吹き抜ける夜風がやけに冷たく感じる。
隆也の家から駅までのたった十分が、やけに長く感じる。




隆也と知り合ったのは、大学時代に所属していたサークルだった。
隆也とは同学年で、一年生の時からお互い顔は知っていたけど、ちゃんと話したのは四年生になってからだった。
性格が違いすぎるし、そもそも異性がニガテな私。
とくに隆也みたいな、女の子慣れしていて悪く言えばチャラい雰囲気をもった男性とは、意識的に距離を置いていた。
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