強気な彼から逃げられません
瞬間、志菜子ちゃんとは反対隣にいる先輩から鋭い視線を向けられた。
「すみません、気を付けます」
席に座ったまま、小さく頭を下げた。
先輩は、周囲を見回して来客がいない事を確認すると
「大きな声は厳禁。おまけにいい男を手に入れるって口に出すなんて。もし本当にいい男を狙うのなら、自分の胸に秘めてひっそりと頑張りなさい」
苦笑しながら呟いた。
受付嬢歴8年の先輩は、最近結婚したばかり。
出身大学のミスに選ばれた事もあるという美しさは、社内外でも評判で、結婚しても尚、わが社に来るお客様の多くは彼女に取り次ぎを求めて並んだりもする。
「先輩、お客様の中からいい男、ゲットしちゃっていいんですか?」
志菜子ちゃんの、期待に満ちた声。
私同様、志菜子ちゃんも、先輩が言った言葉が予想外で驚いてるんだとわかる。
いつも冷静で、受付の仕事に誇りと自信を持っている普段の様子を知っているせいか、先輩の今の言葉は聞き逃せない。
「ゲットできるかどうかは、私にはわからないけど、素敵だなと思う男性がいるのなら、多少その気持ちを受付の対応に絡めても構わないと思うわよ。
結局、わが社のお客様にいい印象をもってもらえるしね。ただ、他のお客様との接し方にあからさまな差はつけないようにすること。
だから、ひっそりと頑張りなさいって言ってるのよ」
「先輩、私、お気に入りの人がいるんでひっそりと頑張ります」
「……ふふっ。健闘を祈るわ」
よっしゃ、と大きく頷いている志菜子ちゃんは、学生の頃モデルをしていたという可愛い顔を崩して笑うと
「そうと決めたら、早く会いたくなってきた」
戦闘態勢ばっちりだというように両手を握りしめて気合いを入れていた。