その顔が見れるのは私だけ
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『電車が閉まります、ご注意下さい…』
朝の通勤時間、人で溢れた電車の中に嫌々ながらも乗り込む。今日も無事この電車に乗れた。
出勤時間ギリギリの電車ではなく、少し早起きしなくてはならないこの電車に乗りたい理由はふたつ。
ひとつは、もう一本後の電車だと人の圧力で死人が出るんじゃないかってぐらいの混雑になってしまって朝からものすごい体力を消耗しなごら服も髪もぐちゃぐちゃになるのを避けたいということ。
もうひとつは…
今日もいた。
気になる男性が乗っているから。
別に気になってるって言っても、出勤時間の電車に乗っているのにラフな格好でいる彼は何をしている人なのかとか、たまに読んでる本が何なのかな、とかそういう興味が湧いているだけで、彼がかっこいいから。なんて理由は…否定しない。
今日も彼は本を読んでいる。
この前見たときはビジネス書だったけど、今日は何の本だろう?
絵本?
揺れる車内の中でしっかりつり革を掴んで立ちながら彼が読んでいるのは確かに、手のひらサイズの絵本だ。
『僕とにゃーちゃん』
まぁ、確かに最近は大人も読める絵本があるっていう話は聞くけど、30歳ぐらいの男性が電車の中で読む本ではない気がする。
本を持ってる手を見たときに偶然、目に入った彼の左手の薬指には指輪は無かったはずだから、こどものためでもないはず…。
不思議だな。
彼をみつめながらいろいろ考えていると私の会社の最寄り駅に着いてしまった。
心の中で「さようなら、また明日。」なんてつぶやきながら今日も電車を降りた。