④オオカミさんのプロポーズ エリート課長の専決事項
 __詰んだ__

 あれから。
 大神は幾度か副社長に掛け合ったが、のらりくらりとかわされた。
 人事部長に至っては、彼の顔を見るなり逃げ出す始末、全く取りあって貰えない。


 大神は、デスクで頭を抱えていた。
 目の前のスクリーンが切り替わり、真っ暗になったコトにも気がつかず、寧ろ黒い画面に吸い込まれるような物思いに沈んでいた。


__つまるところ。
 俺は、庶民の家で産まれ育った、生粋の庶民なのだ。
 消防士の父親はいつも威勢よく、豪快に笑っている。心配性の母親はいつも取り越し苦労ばかり。
 ウザイ姉貴は俺の悪事をチクっては、俺が親父に殴られるのを見て笑っている…

 どこにでもあるような普通の家庭、それが俺には嫌だった。
 進学で上京してからは、少しでも上へ、他人に負けるかと思ってやってきたつもりでいたが…


 そんな俺が心に描く「家庭」はやっぱり、平凡だけどあったかい。

 郊外の一戸建てかマンションに住み、子供は男と女が1人ずつ、休日は家族揃ってドライブへ。

 助手席で笑っている妻は、ちょっとアホで、でも可愛い…


「……ちょう?大神課長?」


 あかの とう…こ?

 やっぱりお前だったのか。
 なーんだ、良かった。

 さ、とうこ。こっちへおいで?
 いや今なあ、すごく嫌な夢をみていてさ…
 
「オオカミさん!」

 耳をつんざく甲高い声に、大神ははっと我に返った。
 
「え…ああ、何?」
「何?じゃないですよ。お呼びでしたよね?」

 燈子は、課長席の横に立ち、怪訝そうに首を傾げた。


 しまった、ここはオフィスだった。

 ってことは、さっきのは夢…

 まさか俺、名前を口走っていたのか?


「あ…えーっと、そうそう、これを。コピー10部な」

 大神は机に散らばった書類を適当に見繕い、燈子に渡した。

「??」

 聞き間違いだったか。
 首を傾げながら赤野燈子はコピー機へと向かう。


 大神は両肘をついて頭を抱えた。

 バカバカ、俺は何であいつなんかを!


(…何やってんだろ…大神課長)
(病んでるよな、最近)
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