羊が呼吸を止めない夜は
眠れない夜にすることなんて、片手で足りる程もないものだ。ぎゅっと繋いだ小指に力を込めたまま、空いている方の手で煙草に火をつけた。遠い朝を待つ窓の外では、予報通りに雨が降り始めている。
弱音のひとつも器用に吐けないけれど、一人じゃ立っていられない。寂しいとすら言えないけれど、それでも一人じゃ息もできない。
小細工だけが上手くなって、いつも何かに怯えては繕いきれずに捨てている。他人に優しくすればするほど、自分が見えなくなってゆく。嫌なところばかり似ているから、きっと僕たちはこの指を離すことができないのだろう。
でもね、それでいいと思うんだよ。
「あいしてるよ、」
「うそつき」
信じてほしいわけじゃないし、君に応えてほしいわけでもない。だけどいま確かに、泣き出してしまいそうなほどに僕が君を愛していること、そして、それだけで僕は明日も呼吸ができるんだっていうことを、僕は君に知っていてほしい。
「嘘じゃないよ」
もう一度つないだ小指にぎゅっと力を込めて、にっこりと笑ってみせた。乾ききった唇がひび割れて、滲んだ血がフィルターに染みてゆく。
しばらく僕をじっと見つめたあと、何も言わずに小さく微笑み返した君を抱きしめて、白い煙を吐き出し続ける煙草の先を灰皿のふちへ押しつけた。
少しだけ朝が近づいた窓の向こうに雨の音を聞きながら、僕らはまだ夜にしがみついている。例えばこんなどうしようもない惨めな夜でも隣に君がいるのなら、抱きしめ合って目を閉じたその先に僕が見るのはきっと悪夢ではないことを、僕はね、君に知っていてほしい。
【羊が呼吸を止めない夜は】
(舌打ちの合間にキスをして、世界のすべてに絶望しながら、それでも君と抱きしめ合って、死にたい朝を待てばいい)