Polaris
何かあるんでしょ? と言って、テーブルに身を寄せた詩織。余程私に何かがあったのか気になるようだけど、私はその期待を裏切るかの如く首を横に振った。
「残念だけど、本当に何もないよ」
私の返事に、詩織はあからさまに肩を落とした。「えー」と言って、頬を膨らませると、またミルクティーをかき混ぜる。
正直、『何もない』というのは少し違うのかもしれない。だけど、間違いでもない。
事実、『何もない』けれど、私の生活の一部に詩織でも誰でもない『誰か』が入ってきているのは確かだった。
「嬉しそうに携帯見てるし、何かあると思ったんだけどなぁ」
一人呟くようにそう言うと、詩織はストローに口をつけ、ミルクティーを飲み始めた。
そんな詩織の目を盗み、私は視線をテーブルの下にある手元に移した。私の手元には携帯がある。パカパカと開閉するタイプの、いわゆるガラケーだ。
その、今時流行らないガラケーの画面に映し出されているのは、ある人からのメールの画面。
《キョンキョンは今日仕事?》
送信者名は『イツキ』。フルネームどころか、顔も、どんな声をしているのかも知らない男性。
この人が、今、私の生活の一部になっている。
私は親指を動かし、ボタンをカチカチと打った。すぐにメールの返事を作成し終えたけれど、一旦下書きボックスに保存。少しだけ、メールを寝かせる事にした。