俺様黒王子とニセ恋!?契約
「澪」


彼の唇が、私の名前を静かに紡ぐ。
それを聞いて、私は反射的に謝った。


「ごめん……、ごめんなさい……!」


慌てて頭を下げると、は?と短く聞き返される。
その声に、私は頭を上げた。


「邪魔、したくないの。篤樹の集中力を切らせるつもりじゃなかったの」


必死にそう言い募る。


自分が真剣に集中している時、空気を乱されることを嫌う篤樹だ。
今、私がこの場に立ち尽くしていることだって、きっと不快に思っているに違いない。


だけど……。


「……どうしても、逢いたくて……」


冷たい空気に消え入りそうなほど声をすぼませて、私は俯いた。
凍えるような廊下を踏み締める足は、動かない。


それを聞いて、篤樹がゆっくりと身体ごと私を振り返った。
弓を手にしたまま、ギシッと床を踏み締めて、私の方に歩を進めて来る。


「そこじゃ寒いだろ。こっちなら、ストーブがある。そこよりはいくらかあったかい」


そう言って、篤樹は私に手を差し伸べてくれる。
ドキッとしながらも、無意識でその手に掴まってしまう。


「……篤樹の手も、冷たい」


思わずそう呟くと、篤樹は白い息を弾ませながらフッと笑った。
< 171 / 182 >

この作品をシェア

pagetop