ドルチェ セグレート
懇願するように見つめる私を見上げた彼の顔は、吃驚したものだった。

「そんなふうに言わないで」
 
誰も『やめる』だなんて言ってないのに。
だけど、今の神宮司さんの言葉の裏側にそんな深層心理みたいなものを感じたから。
 
誰かを羨む気持ちは誰しも持ってるものだし、当然のこと。
それは全然おかしなことなんかじゃない。

ただ、その苦しい思いをどう消化してバネにするか。
 
明確な理由がなくっても、心がどこか弱っている時にはそれがとても難しい。

「神宮司さんにとって、お客さんはたくさんいて、私はその中のひとりなんでしょうけど。……私にとっては、一分の一なんです。神宮司さんの代わりはいない」
 
心が疲れることは、私にも経験があるから。
私の気持ちを伝えることで、少しでも這い上がれるきっかけにでもなればいい。

それに、そのために偽造した言葉じゃない。
今言ったことは、紛れもなく心から思った本音だ。
 
言い終えた後も、真っ直ぐと目を向け視線を逸らさずにいた。
そんな私を見つめ返す神宮司さんの瞳は、ほんの僅かに揺らいでいるように見える。
 
彼の揺れる瞳に映る自分を見てさっきの言葉を反芻すると、彼女が脳裏に浮かんだ。

そう。もしかしたら本当にその通りで。
私は大勢の中のひとりに過ぎなくて、その中にさっきのあの子も含まれているのかもしれない。

……いや。もしかしたら、神宮司さんにとっての〝一分の一〟は、彼女なのかもしれない。
 
暗い思考を閉ざすようにして懸命に笑顔を作り、顔を上げた。

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