ドルチェ セグレート
一連の行動を回想し、声を上げて顔を青くする。
 
メールの返信するのに、一度封筒にしまったものを座席に置いたままだ……!
 
血の気が引いて、口を覆う。
内容的に個人情報の類ではないけれど、原価とか発売日とかは記載されてたはず。社外秘には違いない。 

「河村? どうした?」
 
カチャリとドアノブが回る音とほぼ同時に掛けられた声は、今、会うのに気まずい相手。

「す、諏訪さん……」
「泣きそうな顔して、なにしてんだよ?」
「……実は」
 
肩を窄め、消え入るような声を絞り出す。
 
きちんと上司(諏訪さん)の顔を見なきゃならないって、頭ではわかってる。
だけど、どうにも視線を上げられなくて、俯きがちに状況を報告し、謝罪した。

「そんなイージーミス、お前からは考えられないな」
 
驚いた目をしていた諏訪さんは、一拍置いて軽く頭を横に振る。
それから、半ば呆れるような声で言われてしまう。

「すみません……」
「あー。まぁ、首が飛ぶようなほどのモンじゃないから、たぶん大丈夫だけど。でも、ミスはミスだしな」
「すぐ始末書を」
「いや。オレが報告するよ。それより、心当たりあるんなら、一応すぐに問い合わせてみたら? まぁ、資料はすぐ用意できるけど、手元に戻ってきた方が気持ちが軽くなるんだろ?」
 
いつもチャラい印象の諏訪さんだけど、やっぱり上司は上司なんだとこんなときに思わされる。
冷静に言われたことと、私の性格を熟知してる。

「は、はい。時間見て電話してみます」
 
ガバッと頭を下げると、少しだけ心が軽くなった。
 
やってしまったことは取り消せない。だから、あとはどれだけ自分が頑張るか。
心は一度、どん底まで落ちたけど、諏訪さんのおかげで頭は冷静さを取り戻せそう。
 
そうして、通常業務に一度戻った私は、売り場が落ち着いた休憩直前に交通機関に連絡を取る。
幸運なことに、駅事務室に資料は届けられていたらしく、私は少しだけ気持ちが楽になった。

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