ドルチェ セグレート
「少し、いつもの河村らしくなってきたか」
「は?」
「そういう返しをしてこそ河村だからな。いつまでも溜め息つかれちゃ困る」
 
見上げると、諏訪さんは口を弓なりに上げて微笑んでる。
そんな笑顔は普段、見たことなくて目を奪われてしまった。

「で? その店って、勤務後でも間に合うのか?」
「えっ。まぁ、急げば……」
「そ。じゃ、明日な」
「えっ。本気だったんですか?」

てっきり、私を元気づけるための口実だとばかり思っていたのに、最後にまた驚かされる。

私に言われた諏訪さんは、一度返した踵をまた戻す。
そして、ポケットに手を突っ込み、詰め寄るように顔を近づけてきた。

「はぁ? オレはいつでも本気だぞ。明日がダメなら明後日。明後日がダメなら」
「わ、わかりましたって!」
「よろしい。そのくらい、休憩後は声張れよ」
 
用事があるとかって誤魔化そうとしても、あの言い方だともう逃れようがなかった。

だけど、なんで志穂ちゃんといい諏訪さんといい、強引なんだ? 
いや、断り切れない私も私か。
 
また別の憂鬱事項が私を苦しめる。
せっかく浮上しかけた気持ちも、ストンと落とされ、暗い気持ちに逆戻り。

「ああ、もう勘弁して……」
 
ゴツン、とテーブルに額をぶつけて呟いた。
その態勢のまま、横目で見た先にはチョコレート。
 
今までは、こんなどんよりとした気分のときこそ、力を貰えてたものなのに。
今ではそのスイーツ全般躊躇してしまう。
 
……だって、いやでもあの人との記憶に繋がるから。

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