ドルチェ セグレート
バイトの子に遅れること十数分。
バックヤードに入ると、みんなはすでに帰り支度を終えていた。
「お疲れ様」と挨拶して室内を歩いていると、自分のカバンからバイブ音が聞こえる。
その振動の長さから、電話着信だと思い、慌ててカバンを探った。
「えっ」
思わず驚きの声を出し、自分の目を疑う。
「どうかしました?」というスタッフの声かけを笑顔で交わし、動揺したまま携帯を耳に当てた。
「も、もしもし?」
全力疾走したあとのように、心臓がバクバクと跳ね上がっている。
だけど、後方にはまだ残ってるスタッフもいるため、落ち着いた声を演じた。
「お、お疲れ様です。どうしたんですか? まだお仕事中ですよね……?」
別に悪いことをしているわけじゃないのに、動悸が激しくなる。
同時に、一気に体温が上昇して、額に汗が滲んだ。
『そう。まだ営業中。そっちは?』
聞こえるその声に、鼓膜だけじゃなくて心も震える。
どうしよう。頭では、今日一日かけて、多少整理をつけたはずなのに。
声を聞いただけで、冷静さが脆く崩れていく。
「い、今、上がったところです」
『それならよかった。仕事終わる時間を予想して掛けてみたから』
背筋を伸ばし、壁しかない真正面を見据えて答える。
突然の連絡をくれた神宮司さんは、昨日のことなんか、まるで夢だったかのように普通の対応で。
そんなことが、うれしいような寂しいような気持ちになる。
「そうなんですか? なんかすみません」
昨日の出来事は、自分だけが気にしてるのかと、暗い気持ちになって目を伏せた。
『いや。ところで、ちょっと確認したいことがあって。急だけど、今日来れないかな?』
爪先が視界に映り込んだときに言われた神宮司さんの言葉に、思わず顔を上げる。