ドルチェ セグレート
ペコッとお辞儀をして、くるんと方向転換すると、髪を揺らして帰って行った。
志穂ちゃんの後ろ姿が見えなくなると、ホッと息を吐き、中央の椅子に座る。
そして、左側の壁にある掛け時計を見上げた。
 
午後九時半。ランコントゥルの営業時間には間に合わないな……。
でも、電話をくれたくらいだから、閉店した後でも大丈夫かな?
 
そうは思っても、ソワソワとしてしまう。
落ち着かない気持ちで、数分の間に何度も時計を気にしていた。
 
それにしても、諏訪さん遅いなぁ。何時になるんだろ?
 
九時四十五分になろうかとしたときに、痺れを切らして立ち上がる。

『河村? どうした?』
 
耳に当てた電話からコール音が二回聞こえた後に、諏訪さんが出た。

「すみません。急かすようで申し訳ないんですが、何時頃になりますか?」
 
そう言いながらも、私の視線は相変わらず時計の長針を追っている。
 
今からとなると、さすがに遅れすぎだ。
この電話の後に、一報入れた方がいいな。
 
頭の中でこの後の動きを精査していると、思いもよらない言葉が返ってきて目を点にした。

『え? 何時になるってなにが?』
「……え。いや、諏訪さんが急用あるって」
『オレが? 誰かと間違えてるんじゃなくて?』
 
いくらいつもふざけてる諏訪さんでも、今回はそういう冗談じゃない。
それがわかった私は、理由はわからないけど、志穂ちゃんが一杯食わせたのだと察する。

「わかりました。変な電話してすみません……!」
『ちょっ、河村?!』
 
諏訪さんの戸惑う声を無視して電話を切る。

カバンを勢いよく手に取り、肩に掛けるとバックヤードを飛び出した。
施錠だけ、しっかり確認しながら焦燥感に襲われる。
 
夜の外に出てすぐ、神宮司さんの携帯に電話を掛けてみた。
けれど、神宮司さんが出ることはなく、ひとつ息を吐く。
 
まだ仕事中だから仕方ないか……。
とにかく急いでみよう。
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