ドルチェ セグレート
オペラの記憶
――『待ってて』
まだ耳に残ってる声。それと、強い眼差し。
とっくに消え去ってるはずの甘い香りすらも、未だに感じられる気がする。
アパートに着いてる私は、枕を抱きかかえてベッドの隅に寄りかかる。
カチカチ、と聞こえる秒針が、心音を落ち着かせてはくれなかった。
軽い興奮状態のまま、ぎゅっと枕を強く抱きしめる。
……よかった。
枕に顔を埋め、心の中で呟いた。
花音ちゃんは、神宮司さんの彼女ではなかった。
……やっぱり彼は、諏訪さんにも言ってたように、複数の人と関係を持つような人ではなかったんだ。
胸を撫で下ろし、「ふー」と長い息を吐く。
だけど、まさかまた、ここで会うことになるなんて思いもしなかった。
部屋を見回し、前に一度訪れた彼の幻影を思い浮かべて顔を熱くする。
なんだかもう、あの日は夢だったんじゃないかと思いかけていたから。
これは、あの日の続き。だからちゃんと、言いたいことや聞きたいことを彼にまっすぐぶつけるんだ。
最初で最後のチャンスと思って。
『よし』と心を決めたのは、家に帰って来てから何度目だろう。
何度も何度も決心しても、緊張感は拭えない。
そこに、来訪者を告げるインターホンの音が響いた。
勢いよく立ち上がり、姿見に映る、強張った面持ちの自分を横目に玄関へと歩を進める。
鍵を開け、静かにドアを押し開けた。
「……えっ」
ドアの隙間から見えた相手に目を見張る。
ドアスコープも使わずに出たのは、完全に相手は彼だと思いこんでいたから。