ドルチェ セグレート
――違う。ここを避けて通っちゃいけないんだ。
ハッキリと意思表示をすべきだと思った私は、玄関から出て扉を閉めた。
諏訪さんは、一瞬目を剥いて一歩下がる。私が神妙な面持ちで向き合うと、向こうも真剣な声色で話始めた。
「オレ、あんまり気が長い方じゃなくてさ。しかも、曖昧なのも性に合わなくて」
「諏訪さんが……好きだって言ってくれて、『嘘でしょ』って思いました。でも、正直、ちょっとうれしかった」
ひとつずつ、丁寧に進んでいかなければならない。
そうしたら、自ずと伝えたいモノだけが心に残るはずだから。
「一般的に可愛いと言われるようなタイプじゃない私でも、誰かがそうやって特別だと思ってくれた……って。だけど、ごめんなさい」
あの人への、気持ちだけが。
黙って聞いてくれる諏訪さんを、改めて真っ直ぐと見つめる。
視線を交錯させるだけで、お互いになにも発さずにいた。
私たちの間には、ときどき車が走る音が聞こえるだけ。
その静けさは、昼間の喧騒が嘘のよう。
そこに、また新たな音が耳に届く。
静寂な中、暗い路地から、ジャリッという足音が近づいてきた。
その気配に、諏訪さんから意識をそちらに逸らす。
「――神宮司さん」
ぽつりと口から零した名前に、ハッとしたように諏訪さんが振り返る。
「……仕事帰りですか? 遅くまで、お疲れ様です」
「どうも」
さすがに諏訪さんも驚いたんだと思う。
少し間を空けてから、社交辞令のような挨拶を交わす。
それに比べると、神宮司さんはさほど驚く様子もみせずにひとこと返していた。
さっき、自分の気持ちを確固としたものにしたから、この状況に狼狽することはなかった。
やけに静かな心で、しっかりと立っていられる。
「遅くなってごめん」
神宮司さんは、諏訪さん越しに私を見て言った。私は小さく首を横に振る。
「河村。雰囲気に流されてるだけじゃないのか? 傷心だったこととか……。自分が好きな店の職人だからじゃないの?」