ドルチェ セグレート
 
その表情に不安を覚える私は、恐る恐る窺うように呼びかける。
スラリとした指を顎に添えながら、未だになにかを考え込むような様子の神宮司さんは、歯切れ悪く話し出した。

「あー、いや。確信はないけど……そのときのオペラって、俺が作ってたかも」
「……え?」
 
一瞬、意味がわからなくて、思考が止まってしまう。

「その頃って、俺が働いてたのは帝王ホテルのケーキ部門。オペラもよく作ってたよ」
 
驚きのあまり、言葉を失った。

神宮司さんが言いづらそうにしてたのも頷ける。
こんな偶然って、普通だったら考えられない。

「ずっと勤めてたとこだし、似てて当然なのかも……って、どうした?」
 
肩を震わせる私に、神宮司さんは目を剥いて戸惑い声を上げた。
あの日の私が口にしたオペラは、もしかしたら、神宮司さんじゃない人が作ったものかもしれない。

だけど、信じたい。

「あの日の味に似てて……それ以上に繊細で、深みがある。本当に、美味しいです」
 
涙を浮かべて心から喜び、満面の笑顔で顔を上げると、彼を見た。
 
いつでも、寄り添ってくれていた存在のスイーツ。
その中でも特別な思い出のオペラで、きっと、あなたと繋がっていた。
 
そう思うと泣けてくる。
でも、これは、あの日の涙とは意味が違う。

「過去(むかし)も現在(いま)も――私は、神宮司さんのケーキが大好きです」
 
零れ落ちる涙ひと粒と同時に、もうひとくちを口に運んだ。舌の上で蕩けるように消えたスポンジのあとに、なにか別の新しい風味が残る。

「……あれ? なんか、今までにないような味が」
 
甘さの中に、ほんの僅かにするスパイシーさが……。

「それだけでもわかるなんて、すごいなやっぱり」
 
食べかけのオペラ一点を見つめ、呟いたひとことに神宮司さんが感嘆した。

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