ドルチェ セグレート
思わず、瞳に映った相手に目を見張る。
エスカレーターに乗り込む直前に足を止め、完全にその人に意識を奪われた。

突然立ち止まった私に、他のお客さんが怪訝そうな顔をしながら横切って行く。
その刺さるような視線も気にも留めず、ただ、私はすれ違っていった〝彼〟に注目し続けた。

見上げるほどの高い上背。
がっしりとした骨格の身体に、少し捲った袖から覗くしなやかな腕。
この間はコック帽でわからなかったけれど、少し逆立てた黒髪短髪。

――ランコントゥルの、あのパティシエだ!
 
広い背中を目で追って、気づけば人の流れに逆らっていた。

「あのっ!」
 
声を掛けたのと同時に、濃紺のジャケットの裾を引いた。
目を剥いて振り向かれた私も、彼と同じように吃驚した視線を返す。
 
つ、つい手が伸びちゃった……! 考えなしに身体が勝手に動いちゃったよ! 

「……なにか?」
 
浅く眉間に皺を寄せ、見下ろされる。

背の高い彼に、この至近距離でそうされてしまうと圧巻としかいいようがない。
恐怖心とはまた違うけれど、この迫力を前に二の句が継げない。

でも、この人の服を掴んで目を合わせている事実から、いまさら後には引けない。


とにかくなにか言わなきゃ……!

「えぇと……」
「悪い。急いでるから、用があるなら後にして」
 
言い終えるや否や、長い足を踏み出して私を置き去りにした。
なにか本当に先を急いでいるのが、その背中でわかる。

なんとなく気になって彼の後を追うと、向かう先は私が真っ先に訪れたアントルメ。

店内へ足早に入る彼を、少し遠くから見つめる。すると、ショーケースに張り付くようにして声を上げた。

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