ドルチェ セグレート
もー! 忘れてたのに! ていうか、忘れていたかったのに! 
たまにこの男はそれを思い出させるんだよ!
 
飲み会のときとかに、たまにこの話を蒸し返されることはあった。
だけど、それはふたりだけの会話でだった。それが今日は違う。よりによって志穂ちゃんの前で……。
 
憎たらしいくらいに軽いノリに、青筋を立てながら呼吸を整える。

「も~いいですから。そんな用件なら、とっとと本社へお帰りください」
 
目の前のダンボールをぶちまけたい衝動を堪え、わざとらしい満面笑顔を浮かべると、この上なく優しい口調で言ってやる。

「それは、かなりインパクトある第一印象ですねー」
 
早く追い返したいのに、ここでまたもや志穂ちゃんが私の流れを阻害する。
 
ああ。もう、私、この場から立ち去りたい。

「そう。インパクト強すぎて、忘れられないんだ」
 
きゅっと口角を上げ、目を細めながら諏訪さんが答える。
まだ続けられるのかと辟易したときに、信じられない言葉を聞いた。

「こんなカッコイイ女、いるんだ……ってね」
 
気持ちはすでに明後日へ向いていたから、顔もふたりから背けていた。
けれど、諏訪さんの言うことに、自然と視線を向け直してしまう。
 
私はもちろん、志穂ちゃんも『どういうこと?』という目をして諏訪さんを見つめる。
私たちのその顔を見て、彼はニッと口の端を吊り上げた。

「普通の女の子なら、男のオレにそういうことを指摘されたら、泣きそうになるか俯くか……だろ? でも、コイツは違った」
 
諏訪さんに力強く微笑む目を向けられるけど、私にはその後のことなんて覚えてない。

内心、泣きたかったはずだ。未だに恥ずかしい気持ちになるわけだし。
それでも、そのときの私は、どう対処したんだろう?
 
記憶が曖昧なことに気づかされ、当時の自分を思い出すのに首を傾げる。
 
そのとき、諏訪さんの携帯が鳴って話が中断されてしまった。
店外に出て電話で話す彼の横顔を遠くで見つめる。
< 38 / 150 >

この作品をシェア

pagetop