ドルチェ セグレート
「ガトー・オ・ショコラとシフォンと、チーズケーキをひとつずつ、お願いします」
「かしこまりました。二時間以上持ち歩きされますか?」
「あ、いえ。大丈夫です」
閉店時間が差し迫っているにもかかわらず、嫌な顔ひとつしないで、むしろ見惚れてしまいそうなほど爽やかな笑顔を向けるパティシエの彼に一瞬ドキリとしてしまう。
その店員さんは、手際よくケーキを扱うと、梱包するために私に一度背を向けた。
私は何気なく、待っている間に店内を見渡す。
外観同様、シンプルな色遣いで洋風の小物を取り入れて、とてもオシャレ。
振り返って見た窓際には、外国の道端に設置されてるような木製の猫足ベンチが置かれている。
そのベンチの横には、外にあった観葉植物よりも小振りの鉢植えが並んでいた。
私のお店は雑貨店で、ケーキ屋じゃない。
けれど、センスとか雰囲気とか、そういうインスピレーション的なものは通ずるものがある気がして、なんだか感化されてしまった。
以前来店した時にはこんなふうに思わなかったのは、自分がまだ〝店長〟という肩書ではなかったからかもしれない。
そんなことを漠然と思いつつ、再び顔を元に戻す。
すると、厨房らしき部屋の扉が開いてもうひとりの男の人が姿を現した。
一八〇センチ程はありそうな長身の人。
彼もまた、注文を受けてくれた彼と同様の白いコックコートに黒いロングエプロンを纏っていて、グリーンのタイがすごく似合っていた。
少し硬めの黒髪は清潔に短髪で揃えられていて、涼しい目元と男らしい骨格は、初めに接客してくれた人とは違って男性的だ。
背が高いその男性は、なにやら業務連絡を告げるとすぐに厨房へと戻ろうと踵を返す。
無意識に彼を目で追っていると、厨房の扉を少し開いたあとに私を振り返り僅かに微笑んでいった。
「お待たせいたしました」
背の高いパティシエの彼を遮るように視界に入られて、思わず慌てて背筋を伸ばす。
会計を終えて白い小箱を受け取り、ランコントゥルを後にした。
出口を出るまでずっと、接客をしてくれた店員さんは笑顔だったけど、なぜか私は一瞬だけ顔を合わせたあの大柄のパティシエの彼が気になり続ける。
……どっかで会ったような?
でも全然思い出せないし、一方的に見ただけの記憶かもしれない。
ランコントゥル自体、初めて訪れたわけじゃないから、前に来店した時の記憶かもしれない。
でも、それもまたしっくりとこない気がする。
家に着くまで首を捻りながら、結局はっきりとした答えは出てこなかった。