ドルチェ セグレート
自分の空想かと思っていたら、今聞こえてきた声はリアルなものだった。

視線を上げると、コックコート姿の神宮司さんがこちらを不思議そうに見下ろしている。
驚き固まる私をジッと見つめたまま、目を逸らしてくれない。

「な、なんでもないです……。あの、いつからここに……?」
「今。ゴミ捨てのときに見つけて、戻ってきてもまだ動いてなさそうだったから」
 
神宮司さんは、袖を折って捲りあげた腕を組み、首を軽く傾げる。
仄かに明るい街灯に照らされる彼が、とても印象的でなにも言葉が出なかった。
 
白いコックコートに緑色のタイ。
そして、黒のロングエプロンが、長身の彼にこの上なく似合ってる。

今までは店内で少し顔を合わせたくらいだった。
その時は、ショーケース越しだったりして、まともに制服姿を見てなかったから。

「調子悪い? 今日はやめとこうか?」
「いえっ! 仕事のこと考えてただけで! 大丈夫です、元気です!」
 
前のめりになりつつ、つい即答してしまった。

この必死感、伝わったよね……。恥ずかしすぎる。
 
我に返って肩を窄めると、「ふっ」と聞き逃しそうなほど小さな笑い声が漏れてきた。

「ああ。そういうのわかる」
 
目尻をくしゃりとさせて笑う顔に見惚れてしまう。
激しく脈打つ心臓は紛れもなく自分のものなのに、その扱いにどうしていいかわからなくて狼狽する。
 
この動悸はなに?! 明確な理由は?! 
まさか、やっぱり私、神宮司さんのことが……。

そこに、ぽつりと届いた言葉。

「……好き?」

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